熱田神宮 レンズづくりの神様と遮光器土器

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熱田神宮と遮光器土器の関係

境内を歩いていると、旧参道沿いに突如埴輪が現れます。
「眼鏡之碑」。名古屋眼鏡商業協同組合が60周年を記念し昭和57年に建立と記されています。
碑文の中に「八尺勾玉之五百津御須麻流之玉(やさかのまがたまのいほつのみすまるのたま)を造らせ給う玉祖命(たまのおやのみこと)を祖神として崇拝し」とあります。玉祖命は櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)とも呼ばれています。

八尺勾玉とは三種の神器「草薙の剣」「八咫の鏡」「八尺瓊勾玉」の一つで、玉を磨いた勾玉だと言われています。昔はレンズのことを玉と呼んでいました。今でも石英などの原材料を溶解して作られた硝子材料をつかって様々な質の高いレンズが作られています。このレンズの加工に必要なのが高度な研磨技術です。

このような理由から、玉祖命は宝石、レンズ、カメラを取り扱う業種の人々から信仰を集めるようになったと言われています。山口県にある玉祖神社では毎年4月に全国からメガネ業者が集まり、古メガネのフレームを供養する「玉の祭」が行なわれています。

世界最古?!青森県で出土した摩訶不思議土器

江戸時代の1622年、津軽藩の2代目藩主がこの地に亀ヶ岡城を築こうとした際に、土偶や土器が大量に出土しました。発掘されたものは「亀ケ岡物」などと呼ばれ、多くの土器が人手に渡ったと言われています。あの南総里見八犬伝でお馴染み曲亭馬琴も、好事家の集まりで各自が収集した亀ヶ岡土器や土偶を持ち寄って楽しんでいたといいます。
現在、東京国立博物館で展示されている遮光器土器はこうした個人の手にわたったものの一つです。

熱田神宮の碑文にはこう書かれています。
「熱田神宮の御許可を得て、縄文時代のめがね(遮光器)をつけた世界に類を見ない貴重な土偶(青森県出土)を、二科会彫刻部の重鎮、安藤菊男先生により復元製作いただき、顕彰碑とし境内にて建立広く国民一般の方々に啓蒙、精神文化向上の一助にしようと念願するものであります。」
めがね(遮光器)となっている所に注目です。

遮光器ってなんだろう

「エスキモーなどが雪の眩しさを軽減するためにつけていたゴーグル」ではないかと言われています。というのも、遮光器土器が多く発見されているのは、雪深い東北地域が多いんですね。

とはいうものの、その割に土器の服装が薄着なのが気になります。
なので、個人的には「エスキモーの遮光器をつけた宇宙人」だと思います。ディズ●ーランドでだけ付ける耳みたいなもんですね。これで学者さんもオカルトさんも喧嘩しないで済みます。

土偶がもつマジカルなちから

さらに気になるのが、この土偶が中空になっていることです。中に空間があるんです。
土偶には人為的に破壊されたものが多く発見されています。人間の病を人形に擦ってうつし、回復を祈ったとも言われています。しかし、反対に特定の人間を呪うために使われたとも考えられます。呪いの道具とみた方が、土偶の丈夫だけど壊しやすいという特性が活かされるんです。

たとえば、ある土偶を呪いたい人間に見立てます。相手の体の一部や血液などを材料に使って効果を高めることも考えられますが、材料を集める人、つくる人、呪う人と関係者が増える分、計画ばれてしまう危険もありますね。やはり出来上がった土偶を用いるのが一番。
人形に魂がやどったら、焼くなり、埋めて上を歩くなり、木のように腐ってなくならないので長い時間をかけられます。これが土偶のいい所だと思います。割ろうと思えば割れるので、破片を持ち歩いても、バラバラに埋めても効果がありそうです。

そういえば、最近神明裁判の本を読みました。なんでも、裁判で負けた方は殺されてしまうことが多かったようです。さらに体をバラバラにして、争いの元になった境界線に埋められてしまうこともあったそうです。くわばらくわばら。

話がそれましたが、熱田神宮にある遮光器土器の正体は、眼鏡職人がレンズ作りの神様への感謝をこめた記念碑でした!

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